第5章 キナーゼによる細胞生存の制御
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青木一郎, 後藤由季子
キーポイント
細胞の生存には積極的な生存促進シグナルが必要である
細胞の生死は生存シグナルと細胞死シグナルのバランスによって決定する
キナーゼは生存シグナルおよび細胞死シグナルの伝達に重要な役割を果たす
生存シグナルを伝達するキナーゼとしてAktやERK1/2が代表的である
AktやERK1/2などによる生存シグナルは、細胞死シグナルとさまざまな段階でクロストークする
哺乳類細胞の生死は生存シグナルと細胞死シグナルのバランスにより決定される
細胞は細胞死の刺激さえなければ生存できるというわけではなく、積極的に生存が促進されて初めて生存できる
この生存の促進にはキナーゼによるシグナル伝達が重要な働きをしている
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はじめに
アポトーシスのコアマシナリーは進化的に保存されている
線虫C. elegans
アポトーシスの中心的なメカニズムは、最初線虫の遺伝学によって明らかになった
C. elegansの雌雄同体では発生過程で1090個の体細胞が出現してそのうちの131個が死ぬことがあらかじめ決定している
Horvitzらはこの細胞死に異常を来す変異体を解析することで細胞死にかかわる遺伝子を同定した
→1. アポトーシス研究を推進したブレイクスルー
線虫の細胞死に必須であるced-3とced-4はそれぞれ哺乳類のカスパーゼファミリーとApaf-1に対応し、細胞死を抑制するced-9は哺乳類の生存促進型Bcl-2ファミリーに対応する
しかしながら、線虫と哺乳類の細胞死では決定的に異なる点が存在する
哺乳類ではあらかじめ死ぬべき細胞が必ずしも決まっておらず、個々の細胞がその状況を判断して生死を決定しているということ
この判断は生存シグナルと細胞死シグナルのバランスによって決定される
バランスが細胞死側に傾くとコアマシナリーがオンになって細胞死が起こる
このメカニズムに様々なキナーゼが関与していることが次第に明らかになりつつある
カスパーゼによるタンパク質分解を伴ったシグナル伝達系が不可逆であるのに対して、キナーゼのリン酸化による修飾はホスファターゼによって可逆的に調節されうる
このことは微妙なバランスの決定に適しているものと考えられる
ここで"細胞死のシグナルさえなければ細胞は生存できる"というわけではなく、細胞の生存には積極的な生存の促進が必要であることを強調しておきたい
つまり、DNA損傷、小胞体ストレスといった細胞死シグナルが存在しなくても、増殖・生存因子や細胞接着刺激といった生存シグナルを欠いては、細胞は基本的に生存を維持できない
このことは培養細胞が無血清培地中では長くは生存できないことからも明らか
1. 生存シグナルを伝達するキナーゼ
細胞の生と死のバランスが崩れた病態として代表的なのががん
正常細胞ではDNA損傷が蓄積すると自らアポトーシスを誘導する
がん発生においてはこのアポトーシスに対する耐性の獲得が一つの鍵
この時に細胞死を誘導するメカニズムの機能喪失とともに、細胞の生存を促進するメカニズムの機能亢進もがんではよく見られる
PI3K(phosphatidylinositol-3-kinase)-Akt経路や、MAPK(mitogen-activated protein kinase)経路もがんとの関連から見つかってきた
1-1. Aktによる生存促進のメカニズム
PI3Kの発見前夜すなわち1980年代後半には、多くの原がん遺伝子が増殖因子受容体チロシンキナーゼをコードしていること、およびがんにおいてPI(ホスファチジルイノシトール)の代謝が亢進していることから、チロシンキナーゼとPI代謝の関連が注目されていた
1988年にCantleyらは活性化したチロシンキナーゼに結合しているPIキナーゼがPIのイノシトール環の3位をリン酸化することを初めて見出し、PI3Kを発見した
神経栄養因子の一種であるNGF(nerve growth factor:神経成長因子)はニューロンの生存を促進することがしられていたが、1995年にYaoとCooperは副腎髄質クロマフィン細胞株PC12のNGFによる生存促進にPI3Kが必要であることを見出した
この発見以降ニューロンや線維芽細胞などさまざまな系で神経栄養因子や増殖因子による生存促進にPI3Kが必要であることが報告されている
Aktはウイルス性がん遺伝子v-Aktの細胞性ホモログとして1987年に同定された
v-AktをもつがんウイルスはAKRという高頻度で白血病やリンパ腫を発症する系統のマウスの胸腺腫から単離されたAKT8と名付けられていた
また、AktはプロテインキナーゼAおよびプロテインキナーゼCと類似の構造をもつ分子としても同定され、プロテインキナーゼB(PKB)とも呼ばれている
1995年にAktはPDGF(platelet-derived growth factor:血小板由来成長因子)やbFGF(basic fibroblast growth factor:塩基性線維芽細胞成長因子)の刺激によって活性化することが報告され、Aktが増殖因子のシグナル伝達に関与することが示唆された
これに続いて増殖因子刺激によるAktの活性化にはPI3Kが必要であることが示された
1997年にDudekらは小脳顆粒細胞を用いてIGF-1(insulin-like growth factor-1:インスリン様成長因子-1)による生存促進にPI3Kの下流のAktが必須の役割を果たすことを示した
この報告によってAktが細胞の生存を促進することが初めて明らかになった
Aktが細胞の生存を促進するメカニズム
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→13. PDK2:PI3K-Akt経路に欠けていた重要なピース
アポトーシスの誘導因子の中でAktによる制御が最初に発見されたのはBcl-2(B cell lymphoma-2)ファミリーのBad(Bcl-2 antagonist of cell death)
BadはBcl-2ファミリーのうちアポトーシス促進型であるBH3-onlyタンパク質に属する
Badは生存促進型(アポトーシス抑制型)のBcl-2ファミリーに属するBcl-2やBcl-xLと結合してそれらを不活性化することで、アポトーシスを誘導する
Badは増殖因子の存在可ではSer112とSer136がリン酸化されており14-3-3タンパク質と結合することで不活性化されている
1997年にDattaらは小脳顆粒細胞を用いてAktはBadのSer136をリン酸化して不活性化することで生存を促進することを示した
また、AktはJNK(c-Jun N-terminal kinase)経路を負に制御することが知られている
JNKは後述するMAPKのサブタイプでストレスに応答して細胞死を誘導する
AktはJNKの上流(MAPKKK)であるASK1(apoptosis signal-regulating kinase 1)のSer83をリン酸化することでそのキナーゼ活性およびその下流で誘導されるアポトーシスを抑制する
また、リン酸化は介さないがAktはJNK経路のスキャフォールド分子であるJIP1(JNK interacting protein 1)と結合してその機能を阻害することが報告されている
一方で、Aktはミトコンドリアの下流にもターゲットをもつことが示唆されていた
DeshmukhとJohnsonは、培養交感神経にシトクロムcを微量注入したときに誘導されるアポトーシスが、NGFによって抑制されることを見出した
これに続いて、活性型Aktを発現するとシトクロムcの微量注入によるアポトーシスが抑制されることが報告された
Aktのミトコンドリア下流のターゲットとしてCardoneらはAktがcaspase-9をリン酸化してアポトソームの形成を阻害することを示した
しかしながらcaspase-9のリン酸化部位はマウスでは保存されておらず、この制御の生理的意義には疑問が残る
ほかにもAktはカスパーゼの阻害分子であるX-IAP(X-linked inhibitor of apoptosis protein)をリン酸化して活性化することが報告されている
ところでAktの生存促進作用はグルコース依存的であるという報告がされている
さらに、グルコースのリン酸化すなわち解糖系の最初の段階が必要であり、この反応を触媒する酵素であるヘキソキナーゼをAktはミトコンドリアへ局在される
ヘキソキナーゼはミトコンドリアの保全に寄与しておりシトクロムcの放出を抑制するらしい
Aktはヘキソキナーゼを直接リン酸化するわけではなく、今のところヘキソキナーゼをミトコンドリアに局在させるメカニズムは不明
しかし、ミトコンドリアは代謝と細胞の生死の統御装置であり、Aktもまたその両者を制御する分子
これらの報告はAkt-ヘキソキナーゼ経路が代謝と細胞の生死を協調的に制御する可能性を示唆するものであり興味深い
これまでに述べてきたAktによる生存促進メカニズムは転写を介さない経路である
一方でAktは膜上で活性化すると一部は核に移行することから、転写因子を標的として持つ可能性が考えられていた
Forkhead転写因子のFOXOサブファミリーはFasリガンドや、Bcl-2ファミリーのBH3-onlyタンパク質であるBim(Bcl-2 interacting mediator of cell death)といったアポトーシスを誘導する因子を転写活性化するが、増殖因子刺激でFOXOによるアポトーシスが抑制されることが知られていた
増殖因子刺激の下流でAktはFOXOの3つのメンバー(FOXO1, FOXO3, FOXO4)をリン酸化して不活性化することが1999年に次々に示された
その後もAktの基質のコンセンサス配列を目印にさまざまなターゲットが見つかった
がん抑制遺伝子として名高い転写因子p53や、そのファミリーメンバーであるp73はBax, Puma, Noxaなどのアポトーシス促進因子の転写を活性化することで、さまざまなストレスによって誘導される細胞死において主要な役割を果たしている
p53のタンパク質量と活性はMDM2(mouse double minute 2)というユビキチンリガーゼによって負に制御されている
AktはMDM2のSer166とSer186をリン酸化して活性を上昇させることを、われわれを含むいくつかのグループが報告している
一方、p73はコアクチベーターであるYAP(Yes-associated protein)と結合して標的分子の発現を促進する
AktはYAPのSer127をリン酸化するが、リン酸化されたYAPは14-3-3タンパク質と結合して核外移行する
この結果としてp73によるアポトーシス促進因子の転写活性化が抑制される
T細胞のネガティブセレクションの際にアポトーシスを誘導する転写因子Nur77もAktによるリン酸化と14-3-3タンパク質による核外移行で不活性化されることを、われわれを含めたいくつかのグループが報告している
Aktはアポトーシス誘導に働く転写因子を負に制御するだけでなく、生存促進に働く転写因子を活性化することも知られている
転写因子NF-κB(nuclear factor κB)はIAPや生存促進型のBcl-2ファミリーであるA1およびBcl-xLを転写活性化することで細胞の生存を促進する
AktはこのNF-κBを正に制御することが知られている
NF-κBは阻害因子であるIκBがIKK(IκB kinase)によるリン酸化を介して分解されると活性化するが、AktはこのIKKをリン酸化して活性化するなどのメカニズムが報告されている
またAktはCREB(cAMP-responsive element binding protein)のSer133をリン酸化して活性化することが知られている
CREBは生存促進型のBcl-2ファミリーであるBcl-2やMcl-1、また神経栄養因子BDNF(brain-derived neurotrophic factor)を転写活性化する
このようにAktは多くの段階でアポトーシスを抑制する
組織によってAktが生存を促進するメカニズムは異なり、あらゆる細胞ですべてのメカニズムが機能しているというわけではない
しかしながらAktは多様なターゲットをもつことによって確実にアポトーシスを抑制しているのではないかと想像される
1-2. MAPK:ERK1/2による生存促進のメカニズム
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古典的MAPKであるERK1/2(extracellular signal-regulated kinase 1/2)は、増殖因子の刺激によって活性化するキナーゼとして1980年代後半に発見された
その後ERK1/2がRasの下流で活性化することが明らかになった
さらにERK1/2をリン酸化して活性化するMEK1/2(MAPK/ERK kinase 1/2)が、RasのエフェクターであるRafにリン酸化されて活性化することが示された
これらの発見によって、MAPKKKがMAPKKを、さらにMAPKKがMAPKをリン酸化して活性化するというMAPキナーゼカスケードの全容が明らかになった
ERK1/2は増殖シグナルを伝達する因子として発見されたのだが、細胞の生存維持にも重要な働きをしている
Rasが増殖因子による細胞の生存に必要であることが明らかになった後、Xiaらは1995年にPC12細胞のNGFによる生存促進にERK1/2が必要であることを報告した
ERK1/2が生存を促進する際の標的として最初に見つかったのは、Aktの標的でもあるBadとCREB
1999年にBonniらはBDNFによる小脳顆粒細胞の生存促進に、ERK1/2の下流であるRSK(90 kDa ribosomal S6 protein kinase)がBadのSer112をリン酸化して不活性化することと、また転写因子CREBのSer133をリン酸化して活性化することが必要であると報告した
Bcl-2ファミリーのBH3-onlyタンパク質であるBimもERK1/2が生存を促進する際の標的であることが知られている
Bimノックアウトマウスでは造血系細胞のアポトーシスが減少することから、造血系細胞のアポトーシスが減少することから、造血系細胞のアポトーシスにおいてBimが重要であることが知られていた
Shinjyoらは造血系由来でIL-3(interleukin-3)依存性のBaf-3細胞において、ERK1/2がIL-3の下流でBimの転写およびアポトーシスを抑制することを2001年に報告
またERK1/2はBimを直接リン酸化することで、系によってユビキチン-プロテアソーム系によるBimの分解を促進、あるいはBimとBAXの結合を阻害することで細胞の生存を促進することがその後報告されている
ERK1/2もAktと同様に、ミトコンドリアからのシトクロムcの放出後にもアポトーシスを抑制することが知られている
このメカニズムとしてERK1/2はcaspase-9のThr125を直接リン酸化することでアポトソームによるによるcaspase-9の活性化を阻害することが報告されている
このほかにもERK1/2のターゲットとして転写因子C/EBPβ(CCAAT/enhancer binding proten β)、Bcl-2、IEX-1(immediate early response gene X-1)などに関する報告がある
このようにERK1/2もさまざまな系において細胞の生存を促進することが知られている
Rasの下流でPI3K-Akt経路も活性化されることからAktが主要な生存促進因子であると考えられがちだが、組織によってはERK1/2が中心的に、あるいはAktなど他の因子と協調して細胞の生存を促進している
2. 生存シグナルと細胞死シグナルの収束点
これまでに見てきたようにAktやERK1/2の生存シグナルは転写依存的にせよ非依存的にせよ、Bcl-2ファミリーの活性に収束することが多い
本章では述べなかったがDNA損傷などのストレスに由来する細胞死シグナルも多くはBcl-2ファミリーの活性に影響を及ぼす
Bcl-2ファミリーはアポトーシスを促進するものと抑制するものが存在し、それらのバランスがミトコンドリアの保全を決定する
これらのことからBcl-2ファミリーあるいはミトコンドリアが生存シグナルと細胞死シグナルの収束点であると言える
一方で、ミトコンドリアの上流にも両シグナルの収束点が存在することを示唆する結果をわれわれは得ている
Aktが細胞の生存を促進する際には、アポトーシス誘導因子をAktによるリン酸化部位への14-3-3タンパク質の結合によって不活性化することが多い
→14. To be or not to be:「14-3-3タンパク質 = バッファー」説
これはAktの標的配列であるRxRxxS/Tと14-3-3タンパク質が結合するモチーフRSXpS/pTXPが偶然なのか必然なのか部分的に重なることによる
前述したBad、ASK1、FOXO、YAP、Nur77はいずれもこのメカニズムで不活性化される
われわれは最近、14−3−3タンパク質がJNKによってリン酸化されると14−3−3タンパク質とBadおよびFOXO3aの結合が解離することを報告した
また、リン酸化された14−3−3タンパク質はAktの基質との結合が全体的に減少することを示した
したがって、Aktの生存シグナルとJNKの細胞死シグナルを14−3−3タンパク質が統合しているという可能性が考えられる
おわりに
本章では触れなかった生存シグナルを伝達するキナーゼ
PKA(protein kinase A)
PKC(protein kinase C)
SGK(serum- and glucocorticoid-induced kinase)
ERK5など
また、細胞死シグナルを伝達するキナーゼに関する知見も次々と得られている
今後、これらのクロストークを中心に研究のさらなる進展が期待される
→第6章 モデル動物を用いたプログラム細胞死の解析—カスパーゼ経路の発見と生理機能